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成年後見に関する雑記帳

成年後見と医療行為の同意

【目次】
 1.はじめに
 2.医療行為の同意が必要な理由
 3.本人が同意できない場合(①未成年者)
 4.本人が同意できない場合(②成人)
 5.
日本弁護士連合会の提言
 6.リーガルサポートの提言
 7.おわりに
【凡例】民:民法
    医:医療法
    促:成年後見制度利用促進法
【掲載】2016.08.01.

1.はじめに

 テレビの医療ドラマなどで、手術の前に患者の家族が病院から説明を受け、手術をすることに家族が同意をするような場面を目にすることがあります。これはドラマのなかだけの話ではなく、実際の医療の現場でも日常的にみられる手続きです。今回はこの医療同意の話です。
 ところで平成12年に新たに成年後見制度がスタートして、親族ではない専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)が後見人に就任するケースが増え、病院から患者本人に代わって後見人が医療行為の同意を求められるケースが出てくるようになりました。
 医療行為の同意といっても、例えばインフルエンザの予防接種といった軽微なものから、大きな手術の同意のような重たいもの、更には複数の選択肢の中から治療法を選ぶような複雑なものまで、さまざまなケースがあります。
 果たして後見人は本人の代わりに医療同意をしてよいのか、他人の生命を左右するような決定をしてよいのか、しかし誰かが同意をしなければ患者は治療を受けられないとあって、現場は混乱しました。
 このような経緯から、成年後見制度がスタートして間もなく、主に専門家職業後見人の側から、患者本人以外の者が医療同意をすることについて問題提起されるようになりました。
 ここでは、医療行為の同意がなぜ必要なのか、本人が医療同意をできない場合はどうしているのか、そしてどうするべきなのかといった問題について、これまで交わされてきた議論や提言を整理してみたいと思います。


2.医療行為の同意が必要な理由

 医療行為を行う際に患者の同意が必要とされる理由ですが、まず法的には、違法性阻却事由をもって説明されています。医師による医的侵襲を伴う治療は身体を傷つける行為も含み、外形的には刑法の傷害罪の構成要件に該当します。しかし患者本人がその治療に同意することにより違法性が阻却され、治療行為は犯罪とならないと解されており、このため同意が必要とされています。
 また次に、医療法で医療機関による説明義務が明示され、医療の現場でインフォームドコンセントが浸透していることも理由として挙げられます。医療の担い手は治療の説明を行い患者の理解を得るよう努めなければならないとされています(医§1の4②)。そして患者が治療を受ける際には説明を受け、その内容を十分理解した上で、自らの意思に基づいて医者と合意することが、現在は当然となっています。
 では、患者本人が同意をすることができない場合はどのように運用されているのでしょうか。患者が未成年者の場合と、成人の場合とに分けてみてみたいと思います。


3.本人が同意できない場合(その1:未成年者)

 患者が未成年で自ら同意できない場合としては、例えばまだ生まれたばかりの赤ちゃんであったり、治療の意味を理解できない幼い子どものようなケースが考えられます。このような場合は、親権者もしくは未成年後見人が患者の代わりに同意することとされています。根拠は民法で、親権者や未成年後見人に教育監護権が付与されていることにあります(民§820,857)。


4.本人が同意できない場合(その2:成人)

(1)家族は同意できるか
 次に成人が同意できない場合をみてみましょう。具体的には、患者が認知症高齢者の場合、知的がい者の場合、交通事故等で意識をなくしている場合、植物状態の場合などが考えられます。
 まず、家族は本人に代わって医療同意をできるのでしょうか。日本医師会生命倫理懇談会「説明と同意についての報告」によると、患者本人が同意できないときには「患者に代わって同意するのに最も適当な最近親者、たとえば配偶者、父母、同居の子などに説明をして、本人に代わって同意を求めることになる」とあり、医療の現場では実際にこれらの者が同意していることが多いです。しかし実は、家族が同意できるという法的根拠はありません。そして家族であれば誰でもよいのか、家族間で意見が異なる場合はどうするのかといった問題も整備されておりません。

(2)成年後見人は同意できるか
 次に成年後見人についてみてみましょう。成年後見人には医療行為の同意を行う権限は付与されていないと解されています。民法が改正されて成年後見制度がスタートするにあたり、平成10年4月に法務省民事局参事官室が発表した「成年後見制度の改正に関する要綱試案補足説明」でその理由が説明されていますので、少し長いですが引用します。


「成年後見制度の改正に関する要項試案補足説明(法務省民事局参事官室)」(平成10年4月)(抜粋)
「成年後見人の権限は、意思表示による契約等の法律行為に関する者に限られるので身体に対する強制を伴う事項(健康診断の受診の強制、入院の強制、施設への入所の強制等)は含まれない。なお、意思表示による法律行為であっても、一身専属的事項(例;臓器移植の同意等)は、成年後見人の権限には含まれないものと解される。」
「成年後見の場面における医的侵襲に関する決定・同意という問題は、一時的に意識を失った患者又は未成年者等に対する医的侵襲に関する決定・同意と共通する問題であるところ、それらの一般の場合における決定・同意権者、決定・同意の根拠・限界等について社会一般のコンセンサスが得られているとは到底言い難い現在の状況の下で、本人の自己決定権及び基本的人権との低触等の問題についての検討も未解決のまま、今回の民法改正に際して成年後見の場面についてのみ医的侵襲に関する決定権・同意権に関する規定を導入することは、時期尚早と言わざるを得ないものと考えられる。この問題は、医療行為の全般に関する問題として、医療の倫理等に関する医療専門家等の十分な議論を経た上で、将来の時間をかけた検討に基づいて慎重に立法の要否・適否を判断すべき事柄であり、当面は社会通念のほか、緊急性がある場合には緊急避難・緊急事務管理等の一般法理に委ねることとせざるを得ないものというべきだろう。」


 このような理由から成年後見人には医療同意権は付与されていないと解されています。しかしそれでも、成年後見人が同意を求められる場面は少なくありません。

(3)一身専属という考え方
 本人が同意をできないときに家族などの本人以外の者が代行するという考え方がある一方で、そもそも医療同意は一身専属的なものなので本人しか行使することができず、第三者に代行させるとはできないという考え方もあります。また、医的侵襲を伴う治療を分類して、軽微なものであれば代行してもよいが、重要な医療行為のについては代行を認めてはならないという考え方もあります。
 このような状況を受けて、日本弁護士連合会と成年後見センター・リーガルサポートから、これまでいくつか提言がなされてきました。次はその提言をみてみたいと思います。


5.日本弁護士連合会の提言

(1)平成17年5月の提言
 まずは日弁連の提言です。平成17年5月と、平成23年12月に公表された提言を取り上げます。まずは平成17年のものからみてみましょう。


「成年後見制度に関する改善提言」(平成17年5月6日)(抜粋)

第2 改善提言
医療同意と後見人の職務
(1)判断能力の喪失した者に関しては、第三者の医療同意に関する法の整備に早急に着手するべきである。
(2)制度の内容としては、成年後見人に対し医療行為についての同意権を与え、死亡の恐れや重大かつ長期に及ぶ障害の発生する恐れのある医療行為については別途の機関による許可事項とすべきである。

第3 提言の理由
医療同意と後見人の職務
現実に医療を必要とする者が、同意する者がいないために医療を受けられないという事態は、絶対に放置できないであろう。また一方で数々の判例上、医療の同意の重要性が指摘されながら、誰から同意を受けるべきか不明確であるということは、医療の現場に大きな混乱をもたらす原因ともなる。
他方、医療同意を考慮しない医療においては、過度の濃密医療、評価の定まっていない医療行為、実験医療など判断能力減退者の人権を無視した医療行為が行われる恐れもある。
したがって、判断能力の喪失した者に対し医療行為を行うことについて、第三者の医療同意に関する法の整備に早急に着手すべきである。
この場合、本人が意思表明できない場合に医療行為に関する同意をするのが最も適当であるのは誰かという観点から、現状で行われている家族の同意についての位置づけも含めて検討することになろうが、成年後見人に対しては、医療行為について同意する権限を与え、死亡の恐れや重大かつ長期に及ぶ障害の発生するおそれのある医療行為については、別途の機関による許可事項とすべきであると考えられる。ただし、その機関や手続きについては、なお検討が必要である。


 日弁連の平成17年の提言では、成年後見人に医療同意の権限を付与すべきと述べられています。これは後に掲載するリーガルサポートの平成17年時点での提言と比べると、その違いが明らかです。
 また、医療行為を分類し、重大な医療行為については成年後見人とは別の機関による許可事項にするべきと述べています。

(2)平成23年12月の提言
 では次に、平成23年12月に公表された提言「医療同意能力がない者の医療同意代行に関する法律大綱」をみてみましょう。こちらに解説も含めた全文がありますが、膨大な量になりますので、以下に法律大綱案部分を抜粋して掲載します。新たに医療同意に関する法律を制定するための原案として提言されています。


「医療同意能力がない者の医療同意代行に関する法律大綱(案)」(平成23年12月15日)(抜粋)

第1 目的
この法律は,医的侵襲を伴う医療行為(以下「医療行為」という。)を受けることに同意する能力を欠く成年者が医療行為を適切に受けるための同意の代行及びこれに必要な事項を定めることにより,同意能力を欠く成年者の適切な医療行為を受ける権利を保障することを目的とする。

第2 同意能力の定義
「同意能力」とは,疾患及び傷病の治療を目的とする医療行為を受ける成年者(以 下「本人」という。)が,自己の状態並びに当該医的侵襲の性質,意義,内容及び効果並びに当該医的侵襲に伴う危険性の程度につき認識し得る能力をいう。

第3 同意代行者
1 本人が同意能力を欠くときは,第4の規定に従い,本章に定める同意代行者は本人に対する医療行為につき同意権(以下「同意」という。)を代行することができるものとする。
2 意思能力がある本人は,同意代行者を選任することができるものとする。
②選任された同意代行者の職務の終了については,民法第651条第1項並びに653条第1号及び第3号を準用する。
3 前項の同意代行者の選任,解任及び辞任は,公証人の認証ある書面によらなければならない。
4 本人が同意代行者を選任していないとき,又は第2項によって選任された同意代行者が同意権の代行を行うことができず,若しくは第8項の規定に該当することとなったときは,以下の者が以下の順に従って同意代行者となる。
一 家庭裁判所の審判により医療行為の同意権限を付与された成年後見人
二 配偶者(婚姻の届出をしないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)
三 成年の子
四 親
五 兄弟姉妹
5 家庭裁判所は,本人の保護のために特に必要があると認めるときは,前項第二号から第五号までに掲げる者の請求により,その者の間の順位を変更することができる。
6 第4項の同順位の者が複数存在するときは,同順位者間の協議により同意代行者を1名定める。
2 同順位者間の協議で定めることができないときは,同順位者は,家庭裁判所に対して前号の同意代行者の選任を請求することができ,その請求により家庭裁判所がこれを定めることができる。
7 家庭裁判所は,第4項の同意代行者のいずれもないときは,本人又は四親等内の親族の請求により,四親等内の親族の中から,同意代行者を定めることができる。
8 次に掲げる者は,第2項及び第4項の同意代行者となることができない。
一 未成年者
二 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人,保佐人又は補助人
三 行方の知れない者
四 不正な行為,著しい不行跡,その他同意代行者の任務に適しない事由がある者

第4 同意の内容
1 同意代行者は,本人の健康状態又は疾病等の診断に必要な医的侵襲をともなう検査及び疾病予防のための医療行為並びに本人の治療に必要な医療行為につき,本人に代わって同意することができる。
2 同意代行者は,本人に死亡のおそれ又は重大かつ長期に及ぶ障害の発生する相当のおそれがある医療行為につき同意をするには,医療同意審査会の許可を得なければならない。
ただし,許可の審査手続遅滞により,本人の生命身体に重大な障害等の危険を生じさせるおそれがあるときは,医療行為実施後速やかに許可を取得すれば足りるものとする。
3 同意代行者は,第2項に定める医療行為以外であっても,同意の可否につき判断することが困難であるときは,政令の定めるところにより医療同意審査会に意見を求めることができるものとする。
4 同意代行者は,同意をするに当たっては,本人の意思を尊重し又本人の身上に配慮しなければならない。

第5 医療同意審査会
1 医療同意審査会は,政令の定めるところにより市町村に置き,また不服審査機関として,都道府県に都道府県医療同意審査会を置くものとする。
2 医療同意審査会の委員は,医療に関し学識経験を有する者,法律に関し学識経験を有する者及びその他の学識経験を有する者のうちから,市町村の医療同意審査会に関しては市町村長が,都道府県医療同意審査会に関しては都道府県知事が任命する。
3 第4の第2項の許可申請及び同第3項の求意見は,市町村の医療同意審査会が審査する。
4 委員の任期は,2年とする。

第6 審査の案件の取扱い
1 医療同意審査会は,委員3名以上,都道府県医療同意審査会は委員5名以上をもって構成する合議体で,審査の案件を取り扱う。
2 合議体を構成する委員は,次の各号に掲げる者とし,その員数は当該各号に定める者1名以上とする。
(1) 医療に関し学識経験を有する者
(2) 法律に関し学識経験を有する者
(3) その他の学識経験を有する者

第7 不服申立て
1 医療同意審査会の決定に不服がある者は,都道府県医療同意審査会に再審査を請求することができる。
2 都道府県医療同意審査会の決定に不服がある者は,家庭裁判所に対し不服申立てをすることができる。

第8 同意代行者の資格の確認
医療行為を行うため同意を求める医師又は医療機関は,同意代行者に対し,資格の有無を証する資料の提出を求めることができる。

第9 同意拒否・同意欠如の場合
本人と医療契約を締結している医師又は医療機関が,本人に対する医療行為の必要性が高いと判断したにもかかわらず,同意代行者が正当な理由なく同意しないとき又は同意代行者の同意が得られないときは,当該医師又は医療機関は,家庭裁判所に対し,同意に代わる許可を求めることができる。
家庭裁判所が許可したときは,重大な医療行為であっても,医療同意審査会の許可は不要である。

第10 政令への委任
この法律で定めるもののほか,医療同意審査会及び都道府県医療同意審査会に関し必要な事項は,政令で定める。


 この大綱案では、民法の後見の事務の章に成年後見人に対する医療同意権付与に関する規定を設けるとともに、その運用及び家族の同意権との関係は特別法で規定するという構成をとっています。
 意思能力がある者は同意代行者を選任することができるとしています。
 また、同意権を行使する者の順位として、家族よりも成年後見人を上位に置いていることも目を引きます。
 そして、医療同意審査会という機関を設け、重大な医療行為の同意に関してはこの機関の許可を要するとしている点が注目されます。


6.リーガルサポートの提言

(1)平成17年10月の提言
 次は成年後見センター・リーガルサポートの提言です。ここでは平成17年10月と、平成26年5月に公表されたものをみてみます。まずは平成17年のものです。


「成年後見制度改善に向けての提言」(平成17年10月1日)(抜粋)
医療行為の同意(両論併記)
成年後見人に対し医療行為の同意権を与えることについては、医療関係者を含めた関係機関による十分な議論が尽くされているとは言い難く、なお慎重に検討すべきである。
(限定的同意権等付与説)
限定的同意権等付与説にも二つの考え方がある。そのチェック機能をはたす範囲を具体的に考えた場合、軽微な医療行為については同意権を認めるとする考えと、重大・軽微にかかわらず、複数の選択肢のうちに不合理な選択肢が存在する場合については、その選択肢のみを拒否する権利を拒否する権利を付与すべきであるとする考え方とがあるだろう。いずれの場合も、後見人に何らかの同意権あるいは拒否権を与えることにより本人になされる医療行為につき、チェエック機能の役割を果たすことができる。本来、治療方法の決定は、患者と医師の共同作業によりなされるべきものであるが、患者本人が意思無能力となった場合、医療側に全てを任せてしまうことに、一抹の不安をおぼえる者は少なくない。その場合、本人が判断できない以上、せめて本人に代わる同意や拒否を行ってくれる第三者が、患者本人の健常時の考え方または社会通念や一般常識の基準を以って判断してくれることは、改善の方策として広く受け入れられ得るものと考える。その証拠に、任意後見契約を締結する際、「延命治療はしないでほしい」という希望を述べ、そのような事態において任意後見人がブレーキ役を果たすことを期待している相談者は多い。もちろん、これらの同意権等が後見人に付与されるには、同時にその判断基準と責任の範囲が明示されなければならず、重大な医療行為と軽微な医療行為を区分するための具体的な検討や、重大な医療行為について検討する第三者機関の設置が必要である。
(同意権付与否定説)
医的侵襲行為は一身専属的な自己決定によってのみ許される行為であるとの認識に立つならば、医療行為における家族を含めた本人以外の承諾はどのような法律的な意味を持つのか、また、どのような効果を誰に与えるものなのか、その本質的、基本的ななようについての理解を深めることがまず何よりも必要である。また、この件については、未だ医療の倫理に関する医療専門家等の十分な議論を経ているとは到底言い難く、医療関係者を含めたさらなる慎重な検討が必要であると考える。
(結論)
当法人は、「医療行為における同意権付与」の問題について、今後医療関係者を含めた関係機関における十分な議論を尽くした上で決定されるべきであると考える。さらに付言するならば、本人が意思能力を喪失した場合の医的侵襲行為を「他者が決定する」ということについて、国民的議論を経るべきではないかと考える。


 平成17年の提言では、「限定的同意権等付与説」と「同意権付与否定説」の両論併記という形がとられました。当時リーガルサポート内部でも意見が割れ、まとめきれなかったものであろうと思われます。それだけ難しい問題であり、また議論も熟していなかったのだろうことがわかります。

(2)平成26年5月の提言
 次に平成26年5月の「医療行為における本人の意思決定支援と代行決定に関する報告及び法整備の提言」です。全文はこちらにありますが膨大な量ですので、以下に法整備に向けての提言部分から抜粋して掲載します。日弁連の大綱案と同様、法律の原案という形をとっています。


「医療行為における本人の意思決定支援と代行決定に関する報告及び法整備の提言」(平成26年5月15日)(抜粋)

第2部 成年者の医療行為の代行決定に関する法整備に向けての提言

第1 目的
この法律は、医療が人の生命と健康を守る重要な役割を担うことにかんがみ、医療行為に関する意思決定能力(以下「医療同意能力」という。)を喪失した成年者が、安全な医療を安心して適切に受ける権利を保障するための代行決定について、必要な事項を定めることを目的とする。

第2 医療の理念と患者の自己決定の尊重
2-1 医療の理念
医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医療の担い手(以下「医療従事者」という。)と医療を受ける者(以下「患者」という。)との信頼関係に基づき行われるも
のとする。
2-2 意思決定能力存在の推定の原則および不合理意思の許容の原則
個々の医療の提供にあたり、患者が医療同意能力を有していないという確固たる証拠がない限り、患者には医療同意能力があると推定されなければならず、客観的には不合理にみえる意思決定を行ったということだけで、医療同意能力がないと判断されることがあってはならない。
2-3 本人支援の原則
患者は、自ら意思決定を行うべく可能な限りの支援を受けたうえで、それらが効を奏しなかった場合のみ、医療同意能力を有しないと判断されるものとする。
2-4 本人参加の原則
患者が医療同意能力を有しない場合、または主体的に判断できない場合であっても、 医療情報についての説明や治療方針の決定に当たっては、出来うる限り患者も参加するものとし、医療従事者は、患者およびその支援者(代行決定者、家族、介護者等)にわかりやすい方法での説明をし、患者の希望を聞き出す努力をすべきものとする。
2-5 本人の同意によらない医療は、緊急その他やむを得ない理由がある場合に限り、かつ、適正手続に則って行わなければならない。

第3 医療行為における同意能力
3-1 医療同意能力とは、医療従事者から病状、実施予定の医療行為とその内容、予想される危険性、予後及び代替可能な他の治療方法等について説明を受け、医的侵襲を受け容れ、生命や身体に対する危険を引き受けることにつき理解し、自由な意思決定により、 医療行為につき同意、選択又は拒否を表明できる能力をいう。
3-2 医療従事者の説明は、本人の理解力に適合したわかりやすい方法めなされることを要する。

第4 医療行為における同意能力の判定
4-1 本人の医療同意能力の判定は、個々の医療行為ごとに主治医が行なう。
4-2 本人の医療同意能力に疑義ある場合は、主治医は患者の支援者(代行決定者、家族、介護者等)及び精神科医に意見を求めることができる。

第5 第三者による医療行為の代行決定
5-1 本人の同意能力が喪失している場合は、次の者が本人の過去及び現在の意向、心情、信念や価値観に配慮して医療行為について代行決定する。
1 本人があらかじめ指定した者
2 本人の配偶者(事実婚の配偶者を含む)、直系血族及び兄弟姉妹、三親等内の親族 (以下、これら全てを総称して「家族」という)
3 成年後見人及び保佐人・補助人・任意後見人(以下、「後見人等」という)
4 本人の居住地の市町村長
5-2 順位
(1) 代行決定する者の順位は次の通りとする。
1 本人があらかじめ指定した者
2 家族
3 後見人等
4 本人の居住地の市町村長
(2)医療機関は前項の順位に基づき代行決定を求め、代行決定を得ることができない場合は、後順位者に決定を求める。
(3)家族は、協議により代行決定する者を1名定める。家族間で代行決定者を定めることが出来ない場合は、家庭裁判所に対して代行決定者を定める申し立てを行うことができる。
(4)家庭裁判所は、本人の心身の状態や生活の状況により必要と認めるときは、家族、後見人等、医療行為を行う医療機関からの申し立てにより第1項第1号から第3号の順位を変更することができる。但し、第 1 項第1号の事前指定者については、本人の利益 のために特に必要であると認められるときに限る。
5-3身上監護代理権のある後見人等の役割
(1)成年後見人及び身上監護に関する代理権を付与された保佐人、補助人、任意後見人(以下「身上監護代理権のある後見人等」という)は、その業務を行うにあたり知り得た成年被後見人及び被保佐人、被補助人、発効した任意後見契約の委任者(以下「被後 見人等」という)の希望や心身の状態・生活の状況等に関する情報に基づき、被後見人 等に対する医療行為について医療機関等の関係者に対して意見を述べることができる。
(2)医療機関は、家族が本人の代行決定を行うに際して、身上監護代理権のある後見人 等の承諾を得なければならない。
5-4 代行決定者の欠格事由
1 未成年者
2 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人、または補助人
3 本人に対して訴訟を提起し、またはした者
4 不正な行為、著しい不行跡、その他代行決定者の任務に適さない事由がある者

第6 代行決定者の役割と責任
6-1 代行決定者の役割
代行決定者は、患者本人による具体的かつ明確な意思表示により、事前意思が確認できる場合を除き、本人の意思・希望に関する情報収集を行なった上で、本人の推定的意思を確定し、代行決定を行うものとする。代行決定者は、本人の推定的意思が確定できない場合には、本人の最善の利益を旨として関係者との協議を行い、最終的な医療行為に関する決定を行う。
6-2 代行決定者の責任
代行決定者の行った判断については、代行決定の透明化のプロセスを経ることにより、その責任が免責されるものとする。

第7 相談機関等の設置
7-1 都道府県は、各市町村に1ヶ所以上、代行決定者や、医療機関が相談できる相談機 関を設置する。
7-2 国は、各相談機関から寄せられた事例を集積し、検討、検証、研究して、各相談機 関に助言を行うためのセンターを数カ所設置する。

第8 代行決定の範囲
8-1 省令等で、代行決定の及ばなきものとされた医療を除き、代行決定者は、すべての医療につき、代行決定することができる。
8-2 省令によって定められた重大な医療行為について、代行決定する場合は、家庭裁判所の許可を要するものとする。 ただし、本人の生命・健康を維持するために必要であり、その医療行為に緊急性があり、事前に許可を求めることが困難な場合は、この限りではない。
8-3 第2項の重大な医療行為について、代行決定者が正当な理由なく許可を求めない場合には、医療機関は、家庭裁判所に対し、同意に代わる許可を求めることができる。

第9 公共団体の責務
9-1 国及び地方公共団体は、医療を必要とする成年者(以下、「当該成年者」という) の生命を守り、健康を増進するために、当該成年者を支える代行決定者、家族、後見 人等及び医師を含む医療機関等(以下、「関係者」という。)に対して有効な支援が行われるよう、相談事業等を行う機関の設置等を通じて、必要な措置を講じるものとする。
9-2 国及び地方公共団体は、当該成年者やその関係者への支援等の施策を講じるに当たっては、医療、保健及び福祉に関する担当者相互間の緊密な連携を確保するとともに、 医療同意能力を確認しないことで権利侵害を受け、または適切な医療を受けられない事態を防止するため、保険健康に関する担当者及びその他の関係機関との必要な協力体制の整備を行うものとする。

第10 国民の責務
すべての国民は、患者の生命、健康について理解を深めるとともに、障害の有無にか かわらず、安全な医療を安心して適切に受ける権利を保障するため、国又は地方公共 団体が講ずる支援等のための施策に協力するように努めなければならない。



 平成26年の提言では、新たに医療同意に関する法律を制定する方向で論じています。ここでは以前の両論併記から、第三者による代行決定を認める方向でまとまっています。
 そして、判断力の低下がみられる患者であっても、極力自己決定を行う方向で構成されていることが特徴的です。
 同意権を行使する者の順位として、第一順位に本人が指定する者を置いている点は日弁連の大綱案と同じです。
 家族の順位を後見人よりも上位に置いている点が、日弁連の大綱案と異なるところです。
 また、重大な医療行為の同意権を行使する場合には、家庭裁判所の許可を要することとしています。


7.おわりに

 平成28年5月13日、成年後見制度の利用の促進に関する法律(以下、「成年後見制度利用促進法」)が施行されました。この法律の中で、利用促進にあたっての基本方針のひとつとして、「成年被後見人等であって医療、介護等を受けるに当たり意思を決定することが困難なものが円滑に必要な医療、介護等を受けられるようにするための支援の在り方について、成年後見人等の事務の範囲を含め検討を加え、必要な措置を講ずること。」と定められました(促§11三)。この規定が設けられたこと自体は意義深いことだと思います。
 しかしその一方で、成年後見制度がスタートしたときに指摘された、「(医的侵襲を伴う治療)一般の場合における決定・同意権者、決定・同意の根拠・限界等について社会一般のコンセンサスが得られているとは到底言い難い状況」というのは、当時と大きく変わっていないと思われます。
 また、医療同意について問題提起をしているのが主に専門家職業後見人の団体側からのアプローチであり、医療・福祉関係の業界を巻き込んだ議論にまで広がっていないということも指摘できると思います。
 成年後見制度利用促進法の施行にあわせて、医療同意に関する議論はどのように進展をみせるのか、注目されます。

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